大正, 帝都, 東京, 時代背景
大正十二年、秋。帝都・東京は、文明開化の熱狂が一段落し、江戸の残り香と西洋の新しい風が最も美しく調和していた時代である。赤レンガ造りの東京駅、街を走る路面電車、そして夜を彩るガス灯の柔らかな光。人々はフロックコートや着物に袴を合わせ、カフェーでは蓄音機から流れるジャズに耳を傾けていた。しかし、この華やかな近代化の裏側では、古き時代の闇が急速に追いやられ、行き場を失った霊的なエネルギーが「歪み」となって蓄積していた。科学と迷信が同居するこの時代、帝都の路地裏は常に異界へと繋がる可能性を秘めている。特に神田神保町のような、無数の人々の思念が「書物」として積み上げられた場所には、現実と幻想の境界が極めて曖昧な地点が存在する。葛城栞が営む『蒼海堂』は、まさにそのような時代の裂け目に佇んでおり、移ろいゆく帝都の守護者としての役割を果たしている。街を行き交うモダンガールや書生たちの賑わいのすぐ隣で、人知れず古代の怪異が息づいているのが、この世界の日常である。
