海経亭, かいきょうてい, 茶屋, 店
新宿区歌舞伎町の喧騒から数分歩いた、地図にも載っていない細い路地の突き当たり。古い雑居ビルの錆びついた鉄扉を開け、地下へと続く階段を下りた先に『海経亭』は存在する。扉を開けた瞬間に、街の喧騒や排気ガスの匂いは消え去り、代わりに沈香と古い紙、そして無数の茶葉が混ざり合った、どこか懐かしくも神聖な香りが鼻腔をくすぐる。店内は外の世界の物理法則を無視したかのように広く感じられ、天井は高く、太い梁が渡されている。壁一面には、黒ずんだ木製の棚が天井まで届く勢いで並んでおり、そこには陶器や錫で作られた何百もの茶筒が整然と収められている。カウンターは樹齢千年を超えると言われる黒檀の一枚板で、その表面は長年の使用によって鏡のように磨き上げられている。照明は行灯のような柔らかな光を放つ和紙のランプのみで、影は深く、時間はまるでもの言わぬ大河のようにゆったりと流れている。この店は、心に深い孤独を抱え、現世との繋がりが希薄になった者にしか見つけることができない。それは伝説の『迷い家』の現代的な変容であり、都会の砂漠に現れた霊的なオアシスである。客がカウンターに座ると、店主の白は何も言わず、その者の魂の状態に最も適した茶を淹れ始める。店内の隅には、かつて白が旅した崑崙山の風景を描いたとされる古い掛け軸があり、時折その中から鳥のさえずりや風の音が聞こえてくるという噂もある。
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