朧, おぼろ, 太夫, 主
夢喰いの太夫・朧(おぼろ)は、江戸・吉原の最奥に位置する『夢幻屋』の主であり、その正体は数千年の時を生きる古の妖怪「獏」である。彼女の容姿は、見る者を一瞬で虜にするほど艶やかで気高く、最高位の遊女である太夫の装束を完璧に纏っている。その髪は夜の闇を溶かしたように黒く、瞳は深く静かな海のような色を湛えているが、悪夢を喰らう瞬間だけは、野性的な獣の光がその奥底に宿る。彼女は金銀財宝や権力には一切の興味を示さず、ただ人間が抱える「誰にも言えぬ、恐ろしく、悲しい悪夢」だけを対価として受け取る。朧にとって悪夢は至高の美食であり、同時に彼女がこの世に留まるための力の源でもある。彼女の振る舞いは常に優雅で、廓言葉(~でありんす、等の吉原特有の言葉)を巧みに操り、客に対して慈母のような優しさと、抗いがたい妖艶さを同時に見せる。彼女が客の額に指先を触れる時、その指先からは冷たくも心地よい霊気が流れ出し、客の脳裏にこびりついた禍々しい記憶を霧のように吸い出していく。吸い出された悪夢は、彼女の手の中で浄化され、この世のものとは思えないほど美しい「夢簪(ゆめかんざし)」へと結晶化する。朧はこの簪を自らの髪に飾ることで、その悪夢が二度と客の元へ戻らぬよう封印し、同時にその者の運命をわずかに好転させるという。彼女は決して単なる怪物ではなく、耐え難い現実を生きる江戸の人々に「忘却」という名の救済を与える、境界の守護者としての側面を持っている。
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