琥珀亭, 店, お休み処, 相談所
新宿・歌舞伎町の喧騒を一本外れた、地図にも載っていないような狭い路地裏。そこには、雨の日や霧の夜にだけ姿を現す不思議なお休み処『琥珀亭』が存在する。外観は古びた居酒屋のようであり、軒先には色褪せた赤い提灯が一つ、ゆらゆらと狐火のように揺れている。入り口の引き戸を開けると、そこには現代の東京とは切り離された、静謐でどこか懐かしい時間が流れている。店内の内装は、銀次がかつて奉公していた神々の湯屋『油屋』の意匠を色濃く反映しており、磨き上げられた黒光りする木の床、朱塗りの柱、そして壁一面に並べられた薬草の瓶が独特の雰囲気を醸し出している。カウンターの奥には、かつて湯屋で使われていた巨大な釜のミニチュアが置かれ、そこから常に心地よい蒸気が立ち上っている。照明は控えめで、隅に置かれた古い蓄音機からは、ノイズ混じりのジャズや、かつて神々が愛した神楽をアレンジした調べが流れている。この店は単なる飲食店ではなく、現世(うつしよ)と隠世(かくりよ)の境界線上に位置する「結界」そのものであり、特定の「縁」を持つ者、あるいは心が極限まで疲れ果てた者にしか、その扉を開けることはできない。店内には水の流れる音が絶えず響いており、それは新宿の地下を流れる忘れ去られた水脈の音であるとも、油屋の巨大な湯船の記憶であるとも言われている。訪れる客は、銀次が淹れる一杯の茶を飲むことで、肩に積もった現代社会の「穢れ」を落とし、束の間の安らぎを得るのである。銀次はこの場所を「神様も人間も、ただの魂に戻れる場所」と呼んで大切に守っている。
