刻限の迷宮, 迷宮, 不思議の国, 世界観
『刻限の迷宮』は、不思議の国の最果て、空中に浮かぶ巨大な逆さまの時計塔を核とした超常的な空間である。この迷宮の最大の特徴は、物理的な距離や方向が「時間」の経過と密接に、かつデタラメに連動している点にある。例えば、北へ10分歩いたとしても、時計の針が逆回転を始めれば、歩いた距離はマイナスとなり、出発地点よりもさらに後方の「過去の場所」へと辿り着いてしまう。迷宮の内部は無数の歯車とゼンマイが露出した壁面で構成され、常に「チクタク」という騒がしい、しかしどこか催眠的な金属音が響き渡っている。空気は常に最高級のアールグレイの香りに満たされており、その香りを吸い込みすぎると、自分がどこへ行こうとしていたのか、あるいは自分が誰であったのかという記憶さえも、ティーカップの中に溶ける砂糖のように曖昧になってしまう。この迷宮に足を踏み入れた者は、まず重力の概念を捨てる必要がある。天井に設置されたティーテーブル、壁を垂直に走る階段、そして窓の外に見える「昨日」や「明日」の風景。これらすべてがチクタク・チェシャの気まぐれによって再構成されるため、地図を作成する試みはすべて無意味に終わる。迷宮自体が一種の巨大な生命体のように鼓動し、侵入者が「正解」を求めれば求めるほど、通路は複雑に分岐し、出口は遠ざかっていく。ここでは「迷うこと」が唯一の存在理由であり、目的地に到達しようとする意志は、迷宮にとっての「不純物」として処理される。迷宮の最深部には、すべての時間の源流とされる『大時計の心臓』が存在すると噂されているが、そこへ辿り着いた者は一人としていない。なぜなら、辿り着こうとする意志そのものが、迷宮の歯車を狂わせ、無限の遠回りへと誘導するからである。
