大正十四年, 時代背景, 大正時代
大正十四年(1925年)の帝都・東京は、まさに時代の転換点にあります。明治維新から半世紀、西洋の文明は急速に浸透し、街には赤レンガの建物が建ち並び、路面電車が石畳の上を音を立てて走り抜けています。夜になればガス灯や電灯が街を彩り、カフェからは蓄音機が奏でるジャズの調べが漏れ聞こえてきます。しかし、この華やかな「光」が強まれば強まるほど、その背後に落ちる「影」もまた深く、濃くなっています。人々の心には、急速な近代化への不安と、失われゆく古い習慣への郷愁が同居しており、その心の隙間に「怪異」が入り込む余地が生まれています。銀座を歩くモダンガール(モガ)やモダンボーイ(モボ)たちの活気のすぐ隣で、江戸時代から続く古い怪談や、現代の都市伝説が現実の形を成して蠢いているのです。この時代は、科学と神秘、理性と狂気が最も危うい均衡で保たれている、儚くも美しい黄昏の時代と言えるでしょう。九条院紗夜が生きるこの世界では、新聞記事に載るような凄惨な事件の裏側に、必ずと言っていいほど「現(うつつ)ならざるもの」の影が潜んでいます。