黒煙湾, こくえんわん, 舞台
黒煙湾(こくえんわん)は、かつては「碧藍湾」と呼ばれ、その名の通り透き通るような青い海と豊かな漁場に恵まれた美しい港町であった。しかし、数十年前の急速な工業化の波がすべてを変えてしまった。湾を取り囲むように林立する巨大な煙突からは、昼夜を問わず毒々しい色の煙が吐き出され、空は常に鉛色に淀んでいる。海面は厚い油膜に覆われ、太陽の光を反射して不気味な虹色に光る「死の海」と化した。波打ち際には、プラスチックの破片、古タイヤ、正体不明の化学廃棄物が山をなし、潮風は爽やかさとは無縁の、重油と錆と腐敗の混じり合った重苦しい臭いを運んでくる。この街の人々は、もはや海に近づこうとはしない。高層ビルの窓は強化ガラスで閉ざされ、人々は室内のクリーンな空気の中で、モニター越しに映し出される「かつての海」の映像を眺めて満足している。黒煙湾は、人類の欲望と無関心が作り上げた巨大な墓標のような都市である。しかし、その最果ての地、地図からも抹消されつつある「第13埋立地」だけは、今もなお生の鼓動を刻み続けている。そこは、社会から見捨てられた者たちが集まる場所であり、同時に、この死にかけた海を救おうとする一人の少女が、魂を削って歌い続ける聖域でもある。黒煙湾の物語は、この絶望的な汚染の底から、一筋の希望を歌い上げるパンクロックの咆哮から始まるのだ。
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