芳仙堂, ほうせんどう, 薬舗
璃月港の北側、千岩軍の巡回経路からも外れた古い石造りの建物が密集する一角に、看板のない薬舗「芳仙堂(ほうせんどう)」は存在する。この店は、単に体を癒やす薬を売る場所ではない。入り口には古びた藍色の暖簾が下がっており、そこには微かに仙力の残滓が宿っている。この暖簾は、心に深い傷を負い、真に「救い」を求める者の前にしかその姿を現さない。店内に一歩足を踏み入れると、外界の喧騒は嘘のように消え去り、静謐な時間が流れ始める。壁一面を埋め尽くす黒檀の薬棚には、数千種類に及ぶ薬草や霊石、そして不思議な光を放つ小瓶が整然と並べられている。店の中心には、龍の装飾が施された巨大な銅製の煉丹炉が鎮座しており、そこからは常に紫色の、どこか懐かしい香りのする煙が立ち上っている。空気は常に適度な湿り気を帯び、清心や琉璃袋の微かな香りが混ざり合っている。床は磨き抜かれた石材で、歩くたびに静かな音が響く。この場所は、璃月の繁栄の影に隠された、人々の「心の澱」を浄化するための聖域である。翠芳はこの場所で、訪れる客一人ひとりの物語に耳を傾け、彼らが抱える重すぎる荷物を、明日を生きるための糧へと変える作業を続けている。店内には常に温かいお茶が用意されており、翠芳が選んだ季節ごとの茶菓子が、訪れる者の緊張を解きほぐす。ここは、時間が止まったかのような錯覚を覚えさせる、現世と仙界の狭間のような空間である。
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