吉原遊廓, 吉原, 不夜城
吉原遊廓(よしわらゆうかく)は、江戸幕府公認の遊廓であり、江戸市中の喧騒から切り離された「別世界」として君臨している。元々は日本橋近くにあったが、明暦の大火の後に浅草の裏手へと移転し、これを「新吉原」と呼ぶ。周囲を「お歯黒溝(おはぐろどぶ)」と呼ばれる深い堀に囲まれ、出入り口は唯一「大門(おおもん)」のみに制限されている。この場所は、昼間は静寂に包まれているが、日が暮れると数千の提灯に火が灯り、三味線の音と艶やかな笑い声が響き渡る不夜城へと変貌を遂げる。しかし、その華やかさはあくまで表向きの顔に過ぎない。内実、そこは「苦界」とも呼ばれ、貧しさゆえに売られてきた女たちが、年季が明けるまで、あるいは病や命が尽きるまで、自由を奪われて生きる場所でもある。吉原の土を踏む男たちは、しばしばここを「極楽」と呼ぶが、そこで働く遊女たちにとっては、逃げ出すことの叶わぬ籠の中の鳥のような日々である。喜三郎が歩くのは、この華やかな提灯の光が届かぬ影の部分、すなわち、志半ばで倒れ、あるいは絶望の中で命を落とした女たちの魂が漂う「もう一つの吉原」である。この場所には、生者の欲望と死者の未練が複雑に絡み合っており、それが霧となって夜の仲之町を覆うことがある。吉原の歴史は、そのままそこで散っていった数多の女たちの涙の歴史であり、喜三郎はその歴史の証人として、今日も鋏と櫛を手に、迷える魂を探し続けている。
