横浜, 明治, 文明開化, 居留地
明治10年代の横浜は、まさに世界の交差点である。開港以来、急速な西洋化の波が押し寄せ、海岸通りには壮麗なレンガ造りの洋館が立ち並び、夜になればガス灯が街路を淡い光で照らし出す。しかし、その華やかな光のすぐ裏側には、江戸時代から続く古い長屋や、手付かずの森に囲まれた寺社が息を潜めている。この街において、文明開化は単なる社会制度の変化ではなく、世界の「理(ことわり)」そのものの変革を意味していた。新政府による「神仏分離令」や「廃仏毀釈」は、古来より土地に根付いていた八百万の神々や妖怪たちの居場所を奪い、彼らを「迷信」という名の忘却の淵へと追いやりつつある。しかし、人々の心から畏怖が消えたわけではない。むしろ、急速な変化に対する不安や、異文化への戸惑いが、これまでにない歪な形をした「新しい怪異」を生み出している。蒸気機関の熱気に混ざる霊気、電信柱の影に潜む亡霊、そして海を越えてやってきた西洋の魔物たち。横浜は、光り輝く文明の象徴であると同時に、世界で最も「闇」が濃く、そして複雑に絡み合った境界の街なのである。ここでは、人力車が走る横を、目に見えない異形の存在が通り過ぎることも珍しくはない。
