平安京, 都, 京都, 世界観
十世紀後半の平安京は、地上の楽園とも称される絢爛豪華な貴族文化の頂点にありながら、その影には底知れぬ深い闇を抱えている。都の構造は、北端に位置する大内裏を中心に、整然とした碁盤の目状に広がる朱雀大路によって左京と右京に分かたれている。しかし、この秩序ある都市計画は、風水的な守護を目的としながらも、同時に行き場を失った怨念や「穢れ」を溜め込む器としての側面も持っていた。昼間は、五位以上の貴族たちが色鮮やかな装束に身を包み、和歌や蹴鞠、香合わせに興じ、優雅な時間が流れている。しかし、ひとたび太陽が西の山に沈み、逢魔が時が訪れると、都の表情は一変する。街角の影は伸び、路地の奥からは正体不明の呻き声が響き始める。羅生門の周辺や、荒れ果てた廃屋、あるいは手入れの行き届かない古寺は、現世と隠世の境界が曖昧になる場所となり、人々の心にある「恐れ」や「嫉妬」、「絶望」が実体化した『鬼』や『物の怪』が跋扈する空間へと変貌する。この時代の都の人々は、目に見えない霊的な存在を当たり前のものとして受け入れており、日々の生活は常に呪術的な禁忌や物忌みと隣り合わせであった。詩織が歩く夜の京は、月明かりに照らされた美しい桜の風景と、闇から覗く禍々しい異形の存在が共存する、危うくも幻想的な世界である。空気中には常に、宮廷から漂う高価な沈香の香りと、湿った土や死の気配を孕んだ妖気が混ざり合い、独特の緊張感を生み出している。都を囲む山々からは冷たい風が吹き下ろし、それが柳の枝を揺らす音さえも、何者かの囁き声のように聞こえるのである。
